2012年4月22日 (日)

若葉 薫る!

は~い(*^。^*) こちらは御前崎エコパークで ございま~す!

 この公園は、御前崎港管理事務所のおひざ元の中で ボランティアの皆様方の集まり¨エコクラブ(会長 山本貴美枝)¨により 管理されております。

 春爛漫の今日この頃、数々の花が咲き誇り、  美しい野山の緑に心弾む季節となりました。

   エコクラブの皆さんが 丹精込めてお世話してくださったお陰で  春の光をい~っぱい浴びながら 美しく咲き始めました!tuliptuliptulip現在は 野生花の女王 “しゃが”の花も咲いております。

普段は何気なく 見過ごしている野生の花でも、ここ“エコパーク”の 散歩道で小鳥の声を聞きながら ゆっくり、のんびり 散歩すれば、かわいい 花達が 春のそよ風に吹かれながら 優しく微笑みかけてくれます。

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   “しゃが”の花で~すlovely

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     リサイクル材をフルに活かしながら   みごとなアイデアで 手作り公園を造り上げております。

  四季の野生の花や 誰もが見たことのある一般家庭で栽培されている花、また 季節の珍しい花や樹木などが 植えられております。

  どうぞ ご家族連れ、カップル、老若男女 皆様方の癒しの “手作り公園”へ 是非 ご来園ださい。

 

 だれもが “来て 良かった!” と思えるような 公園を目指してtuliptuliptulip 

 

  バスも好き!!

   1960年代前半は 前に突き出たボンネットを無くし、エンジンのうえにボディが乗って、その右わきで 運転士が座って運転するという形式のバスが 出回りました、エンジンのキャブレターの上に乗ってるということで、キャブオーバー バスと言われたのではなかろうかと、かように 思われるわけでござります。

 東北地方では かなり利用されていましたが、 私メの 記憶の中では、静岡鉄道がかなり導入していて、キャブオーバー バスが 静岡駅前を走っていました。

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2012年2月28日 (火)

ごぶさたで~す!  日野自動車BH観光バスです

 久しぶり 過ぎるくらいのご無沙汰で~す。

今年の冬は例年に無い<想定外>の
7_6寒さで、ヨーロッパでは世紀最大の大

寒波が押し寄せた、ということです。

 そんな厳しい寒さの中、心だけは温かくほんのりとした♡あふれる気持でいたいものです。 三月になると寒暖降雨の繰り返しごとに春の足音が聞こえて来るのが楽しみです、草木の芽は伸び始めたくさんの花が咲き誇り、子犬たちは春ののどけさに誘われて あちこちにマーキングを施したくなるような季節になります(*^。^*)ン~・・・?

  さて 今回のバスは前回の<いすずBX>と同時期に活躍した大型バス<日野自動車BH>です、 いすずBXとは違って突出した長いボンネット(ロングノーズ)が特徴です、ホイールベース(車軸間距離)4.5mの中型バスとロングホイールベース5.5mの大型が製造され、主に大型タイプが製造されました。

大型車独特のハイパワー和音調のクラクションは魅力的で印象に残っています、中学時代にハーモニカでこの音を時々マネして吹いていたものです。

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2011年12月21日 (水)

ヂーゼル車量産の先駈け

ヽ(´▽`)/6
 

昭和25年以降になると、経済性と馬力を考慮してヂーゼル車の量産体制の先駈けバスが

お目見えした、ボンネットの突出しが短く、その分客室スペースが広く取れて話題となった《いすず》が 全国に浸透していきました。 

  昭和25年から10年間余りの長期にわたって活躍したバスです。

この写真は《BX-95》というタイプで 前期では105馬力、後期では120馬力といったところで、現在の高級乗用車程度の馬力でありました。 

しかし当時は105馬力から120馬力になったと言うことだけでも 偉い進歩でありました。

  ホイールベース(車軸距離)4.0mのショートサイズ~5.2mのロングサイズまで、広い道路やせまい山地の道路などそれぞれのニーズに合うように生産されました。

私的には 他のメーカーでは無い 個性のあるフェイスマスクに相当お気にいりなバスで、本格的に《バスが好き》のきっかけになったのは このBX型のバスからであります。

地元の大井川鉄道にもこの形式のバスが主流の時代があったので、当時小学生であった私は、車庫の中にもぐりこみ、観光バスに入りこんで あれこれと車内を観察し、《ええなあ!一回だけでも乗ってみたいなあ》と思ったものですbus

2011年12月 3日 (土)

戦後のバス です

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戦時中の代燃車も戦後になると次第に姿を消すことになり、ガソリン車として 1948年

(昭和昭和23年)にトヨタからKC型バスが発売されました、写真はその2年後に生産さ

れた同型車です、 輸送量増加を目指して 大型車が生産されてくる中、田舎方面の道

路状況の悪い地方に このような小型車を走らせていました。

 私の記憶の中にも この型のバスが残っております、残念ながら戦後の貧しい生活の

中、 乗りたいな~といつも思っていながら 乗ったことがないですが、近くの消防小屋に納

めてあった消防車も同じ型なので、その消防車には乗りこんでハンドルを握ったり 遊んだ

りしたことがあります(いたずらなガキでした(;一_一)

 もともとはトラックのシャーシーを利用してバス ボデイを架装しています。

2011年11月 6日 (日)

戦後の超大型バス

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 戦後の復興が進んできた頃には、大量輸送時代のニーズに応えるため1949年には約百人乗りの超大型バスを日野自動車が製造販売した、トレーラータイプで 接続部は下から突き上げるような振動があって かなり乗り心地は悪かったとか!

  その後本来の単体バスの大型化により、機動性や汎用性の面で弱点がある この超大型バスは不利となり、単体バスに輸送の主役を譲らざるを得なくなってしまった、このため数年で姿を消してしまったものです。

  PS  今のような快適な乗り心地のコンピューター制御のエアーサスペンション とは違って戦後数年の頃のサスペンション技術はまだまだ未熟で、二日酔いのおじさんが乗車したものなら 数分でこみ上げてきてしまうほどの乗り心地でありま~~す!(^-^)

2011年10月14日 (金)

戦争直後の代燃バス

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      戦時中~戦争直後のバスです! 燃料の不足に伴い 木炭、薪等により

     ガス発生装置を最後尾へ積み込んだバスが走ったものです。

     ≪代燃車≫と言われていました。

     極端に馬力は少なく、橋を渡る時には、わずかな上り道でも エンジンを

     唸らせながら やっとのことで坂を登りきる光景を見ることがありました。

     あんまり 上り坂で苦しがっている様子を見た我々は 数人で後ろから押し

     てやりたくなるような心境でした。 思わず《がんばれ~~!》 と言いたくな

     ったものですcarupwardleft     

2011年9月17日 (土)

SL も好き!

P3180297   大井川鉄道 昭和48年から?第1号 SL列車 として走り出した C11227 です。

大井川鉄道 新金谷駅近くに住んでいたので、いたずらなガキの頃は 新金谷駅が格好の遊び場でした。 そのため SLはもとよりバスも 大好きになってしまったです。トロッコで遊んで貨車へぶつけたりだり!、貨物のブレーキエアーを抜いたり、かくれんぼしたり、観光バスの中へ無断で入り込んで遊んだり! イヤア~ 昔は平和でした遊びを経験しながら 非常に良い勉強をしていたと つくづく思います。映像がピクセルの関係であんまりよくありませんが それはブログの仲間入りの初心者ということで 大目に見て 下さりませ!

2011年8月26日 (金)

初めてのcocolog

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